「須賀川のきゅうりをもう一度日本一に」タクシー会社が仕掛ける農業の未来

ひとの物語

真夏の日差しが照りつける日でも、ハウスの中に足を踏み入れると、外の猛暑が嘘のように過ごしやすい空間が広がっていました。天井に施された遮熱材が、厳しい暑さを和らげてくれているのです。

「数字だけ合わせようとしても、キュウリ自体をちゃんと見てあげないと、生育状況がどうなっているのか、このやり方が良かったのか悪かったのか、わからないんですよね」

そう語るのは、サンキューファームを運営する橋本康宏さん。わずかな色の変化や伸び具合の違和感を見逃すと、収穫までに手遅れになってしまう——この4年間、生き物相手の難しさを痛いほど学んできたからこその言葉です。

須賀川はかつて「きゅうり日本一」と呼ばれた産地でした。しかし、それは昔の話。生産者の高齢化が進み、生産量は減少し続けています。そんな中、もう一度須賀川のきゅうりを日本一にすべく栽培に取り組む企業があります。橋本さんにお話を伺いました。

本業のピンチから生まれた「須賀川への恩返し」

サンキューファームを運営する橋本康宏さん(左)と農場長の鈴木信一さん(右)

サンキューファームを運営するのは須賀川観光タクシー。まったくの異業種から農業を始めたきっかけは、コロナ禍でした。当時はステイホームが奨励され、タクシーの需要は大きく落ち込みました。

「こんなことがたびたび起こるようになったらやっていけない」

危機感を抱いた橋本さんは、タクシー以外に企業の柱となる事業を探し始めました。

そんな時、農業資材の卸事業を営む企業がきゅうり栽培を始めたというニュースを偶然耳にします。

同社の社長は橋本さんの同級生。気軽な気持ちで話を聞きに行きました。

サンキューファーム外観

この企業が取り組むのは、ハウスの中で温度や湿度、二酸化炭素濃度などの数値をコントロールしながら作物を育てる方法。まとまった初期費用が必要ですが、十分に元が取れるのだといいます。

同社はもともと農業資材を取り扱い、新しいツールや栽培方法を農家に紹介する立場。しかし高齢化で離農する生産者が多い中、新しい設備へ投資してまで踏み出す人は多くありません。

そんな状況を踏まえ、「それなら自分がやって見せよう」と立ち上がったのでした。

同級生の熱い思いと挑戦は、橋本さんにも大きな影響を与えました。

須賀川で生まれ育った橋本さんは、幼いころから「須賀川はきゅうり日本一」だと聞かされて育ちました。しかし今、その面影はありません。

「企業としてきゅうり栽培に参入することで、規模を拡大して、また須賀川のきゅうりを復活させられないかなと。そういうことができれば、地域への恩返しにもつながるんじゃないかなと思って」

同級生の姿に背中を押されるように、橋本さんの挑戦は始まりました。

「あぜんとされました」——生き物相手の難しさ

専用の栽培ベットに設置されたきゅうりの苗。水と肥料を与えるための白い管が刺さっている

専用の栽培ベットに設置されたきゅうりの苗。水と肥料を与えるための白い管が刺さっている

福島タネセンターで栽培を学んだほか、大学が主催する研修も受講した橋本さん。知識は一通り身につけたつもりでした。

栽培を始めるにあたって、地域の農業普及所に相談に行った時のことです。

「この辺りでは反収(1反=約991.7㎡あたりの収穫量)15〜20t取れていれば、取れている方ですよ」と言われたのだそう。

それに対し、橋本さんは「反収50t」という目標を掲げました。普及所の担当者には、あぜんとされたと言います。

設備さえ整っていれば、あとは水と肥料を適切に与えれば育つと考えていた橋本さん。しかし、そう甘くはありませんでした。

「いざ始めてみると、やっぱり、生き物相手っていうのは難しいですね」

数字を合わせることにばかり気を取られ、伸びの悪さや葉の小ささ、根の状態を見られていませんでした。生育の変化にはっきり気づいた時には、すでにだいぶ様子が変わってしまっていた、ということも度々あったといいます。

また、病気や害虫のトラブルもありました。初期の段階で見つけて対策すべきところを、広がってから気づき、手遅れになってしまったこともあったそうです。

水と肥料を供給するための装置

目標の50tに対し、最初の年は30tにも満たなかったといいます。人件費をかけて企業として運営するには、到底採算の合わない数字でした。

それでも工夫を重ね、4年目となる昨年、ようやく40tを達成。人件費や設備費をどうにかまかなえる水準まで来ました。

ここからさらにノウハウを積み重ねれば50tも見えてくるはずですが、今年はまた思うように行っていないといいます。

それでも橋本さんの口調に、悲壮感はありません。

「失敗しておくことも私の使命だと思ってます。私がいろんな失敗を重ねて苦労して、それを乗り越えて成功すれば、後から来る人にもアドバイスができます。そういう時はこうした方がいいよとか。それが多分、恩返しにつながるでしょうから」

手塩にかけたきゅうりを、地域の身近な店舗へ

サンキューファームで働くのは、橋本さんと農場長の鈴木信一さん、そして福祉施設から日替わりで派遣されるスタッフたちです。同じ作業の繰り返しが多い分、手順を覚えてもらえれば着実に力を発揮してくれる仕事なのだといいます。

収穫したきゅうりは市場に出すほか、以下の店舗で販売されています。

  • リオン・ドール 地場野菜コーナー(郡山~矢吹エリア)
  • 道の駅(玉川村こぶしの里、鏡石町かんかんてらす)
  • 須賀川観光物産店ふらっと
  • ベレッシュ農産物直売所(郡山市)
  • BAKE SHOP mogmog(郡山市、作業を手伝ってくれている福祉施設が運営)
きゅうりの佃煮「ご飯のお供だち」

新鮮なきゅうりの出荷にとどまらず、規格外品を活用したきゅうりの佃煮「ご飯のお供だち」も人気を集めています。

実際にいただいてみると、しっかりとした味付けでありながら、くどすぎずほどよい後味。世代を問わず万人に愛される、素直な美味しさが印象的でした。

2026年8月からは福島県観光物産館でも取り扱いが始まり、上記の一部店舗でも販売されています。

なお、この佃煮は常時店頭に並ぶわけではなく、数量も限定となります。見かけた際にはぜひ手に取ってみてほしい一品です。ご飯のお供としてはもちろん、パンに乗せたり納豆に混ぜたりと、さまざまな食べ方で親しまれています。

植物工場の仕組みがあるから、異業種からでも一歩を踏み出せる

環境制御装置が並ぶ

サンキューファームは、先進的な「太陽光利用型植物工場」です。栽培方法は、この地域で一般的な摘心栽培ではなく「つる下ろし栽培」。環境制御装置で温度や湿度、二酸化炭素濃度を管理するため、経験や勘だけに頼らない栽培ができます。スマートフォンさえあれば、ハウスの外からでも状況の確認やコントロールが可能です。

初期投資は小さくありません。しかしそれは「ベテランの勘に頼らず、仕組みに沿って社員が動ける」という強みでもあります。だからこそ、他業種からでも規模を拡大して参入できる——橋本さんはそう実感しています。

「うちは隠すところなんて何もないですよ」

そう笑う橋本さん。興味がある人にはいつでもハウスを見学してほしいと考えています。

実際に見て、知って、次の一歩を踏み出す人が現れてほしい。須賀川のきゅうりを、もう一度日本一へ。橋本さんの挑戦はこれからも続いていきます。

サンキューファーム 詳細情報

事業者名須賀川観光タクシー 植物工場事業部 サンキューファーム
住所福島県須賀川市越久三斗内77
電話番号090-7939-8937
URLオンラインショップ、Instagram

タイトルとURLをコピーしました