膝の上に置かれた楽器が、演奏に合わせてぶるぶると震えています。日常から遠く離れて音の世界に迷い込んだかのような不思議な体験。ライアーが奏でる世界は、イメージしていたのとはまったくの別物でした。
ライアーを奏でるのは、ライアー制作工房「あとりえ七彩」主宰・ライアーサウンドアーティストの響波(おとは)さん。2025年に仙台から古殿町へ移住した響波さんに、ライアーとの歩みや古殿町を選んだ理由を伺いました。
ライアーってどんな楽器?
ライアーはハープに似た小型の弦楽器。金属弦を指で弾くと、キラキラとした柔らかな音色が響き渡ります。
響波さんが奏でるのは、楽譜を見て曲を弾くタイプのライアーではなく、心の動くままに自由にメロディーを奏でるタイプのもの。どのような楽器なのか、その魅力に迫ります。
本当の自分に戻れる楽器

「頭がとろけていくような心地良さでした」
「自然と涙があふれてきて、心が解放されました」
響波さんのライアーの音色を聴いた人からはこのような感想が寄せられます。
「ライアーの音を聴いた瞬間に、全部大丈夫って安心できる。お母さんのお腹の中にいる時みたいな安心感。それがあって、本当の自分に戻れた感じがするんです」
響波さんはライアーの魅力をこう語ります。
耳というより皮膚で聴く
実際に、ライアーを私の膝の上に置いた状態で演奏していただきました。
音が鳴るのに合わせて楽器の振動がダイレクトに膝へと伝わってきます。至近距離での演奏なので、響きもなかなかのもの。繊細さと力強さをあわせ持つ美しい音色が波のように体全体に響き渡り、心地よい振動も相まって、日常からトリップして音の海に溺れるひととき。
事前に動画でライアー演奏を視聴していましたが、生で味わうライアーは動画とはまったく異なる体験でした。
「耳で聴いてるっていうより、皮膚で聴いてる。皮膚から骨振動で音が入ってきて、自分の中が揺れてって、その揺れが音として入ってくる」
響波さんはそう語ります。
ギターやバイオリンなどの弦楽器には、中が空洞の共鳴箱があります。中の空気が振動することで音が増幅され、音が遠くまで響きます。
一方、一枚板から作られるライアーには共鳴箱がありません。弦をはじくと振動が板に集中的に伝わり、板そのものが大きく震えます。そのため、膝に乗せて演奏すると楽器の振動が体にダイレクトに伝わってくるのです。
自分で制作するのが醍醐味

そしてこの楽器、購入するよりも自分で制作するのが主流という珍しい楽器でもあります。
1つのライアーを制作するのに、木材や弦、ピンなどが揃った専用のキットを利用して5日前後かかるのだそう。
「木と向き合って、自分と向き合って、いろいろな感動とかデトックスとか、そういうのが出てくるんですよね、作りながら」
制作の過程にも癒しや気づきがあるのだと響波さんは言います。
「自分のために時間を作って自分のものを作るってなかなかないじゃないですか」
響波さんは、ライアー制作はお産と一緒だと言います。
「喜びやワクワクもあるし、産みの苦しみもある。途中で手が痛いとか、自分は何やってるんだとか。隣の人はうまくやってるのにっていう葛藤とか。そういうのをすべてクリアしながら産声が上がった瞬間に、『私のライアーが一番かわいい』って感動されるんです。『自分の子供が一番かわいい』と感じるのと一緒です」
制作を通じて人生が好転する
制作ワークショップには小学生から80代まで幅広い人が参加します。9割が女性で、特に多いのは50代前後とのこと。
「今まで遠慮してたけど、本当の人生を自分で生きてみたいっていうターニングポイントに来てる人が多いです。自分ってもっとやりたいことあったんじゃないのかなって」
実際に、制作の後に人生が大きく変わる人が少なくないそうです。やりたいことを見つけて転職する人や、離婚する人、逆に配偶者のことが好きだと改めて気づく人など、その内容はさまざま。自分らしく生きられるようになった人たちの姿が、そこにはあります。
「制作を通して自然に人生が好転していくところに立ち会わせてもらえるのが、ライアー制作の魅力かな」
響波さんはそう言って微笑みます。
響波さんとライアーとの歩み
響波さんは、かつては大手ドラッグストアに勤務するバリバリのキャリアウーマンでした。そんな彼女とライアーとの歩みについて伺います。
きっかけは安達太良山での制作ワークショップ
ライアーとの出会いは友人がきっかけでした。友人がワークショップで制作したライアーを持って自宅に遊びに来てくれたのです。そこで大きな衝撃を受けました。
「魂とか心が震えるような、何これっていうすごい喜びがあって。この音に包まれてる安心感にも。これはいいって思って、すごい魅力に取り憑かれてしまって」
転機はそれから2年後。2018年に安達太良山でライアー制作ワークショップが開催されることを知ります。それまではなかなか一歩を踏み出せずにいましたが、「これは行くしかない」と参加を決断しました。
そこで制作したのがこちらのソウルサウンドライアーです。

これをきっかけにライアーの世界に足を踏み入れた響波さん。その後、自ら制作ワークショップを開催するまでになります。
迷わず決めた、古殿町への移住
古殿町を最初に訪れたのは、知人が主催するイベントがきっかけでした。山奥にある会場に到着して車から降りたとき、とても気持ちが良くて、自然と呼吸が深くなる感覚があったのだそう。ふっと安心感に包まれて、緊張していた気持ちが緩んだのだと話します。
「この場所すごくいい、また来たい」と話していると、再び訪問の機会が訪れました。「ここでライアーの仕事をしたい」と話すと、今度は手伝ってくれる協力者が現れます。
それならば、打ち合わせなどのやり取りが増えるからと、引き寄せられるかのように古殿への移住を決断しました。
「古殿って名前も知らなくて。来てから『ここ、古殿って言うんだ』って知ったくらい」
そんな状況でしたが、一切迷わなかったそう。
「ライアーは木そのものの魅力なので、自然に近い場所で、落ち着いてライアーのことができる環境をずっと探していたんだと思います」
それが形になったのが古殿町だったのだと言います。現在は古殿町に工房を構え、ライアー教室を主宰する仙台と行き来したり、山形、東京、関西へ出張したりする生活を送っています。
あとりえ七彩 響波のライアー制作をスタート

響波さんが古殿町でやろうとしているのは、オリジナルのライアー制作。安達太良山のワークショップで制作したソウルサウンドライアー、国内の先生から教わり制作ワークショップを開催しているオニヅカライアーのどちらとも異なる、響波さんならではの「響き」を大切にしたライアーです。
この日持ってきてくださったのは、古殿町で制作した第一号のオリジナルライアー。古殿町産のイチョウの木から作られています。
制作にあたって欠かせないのが、弦を巻きつけるピンでした。
「今日の午前中、ちょうどピンを納品してもらったところなんです。石川町の金属加工会社が協力してくださって」

これまで制作に使用していたライアーのピンは主に海外製のもの。現在の不安定な社会情勢が続けば、今後海外からピンを入荷できなくなる可能性もあります。そんな不安を抱えたままでは安心してライアー制作ができないからと、いつか日本製のピンが欲しいと考えていたのだそう。半年ほどの開発期間を経てようやく完成にこぎつけました。
響波さんのオリジナルライアー制作は、これから本格的に始動します。
ライアーが導く現在と未来
ライアーに導かれてきた響波さん。ライアーのおかげで変化したことや、今後やりたいことについて伺います。
「助けて」と言えるようになった
ライアーは響波さん自身にも大きな変化をもたらしました。
以前の響波さんは、人の機嫌や顔色をうかがい、自分の気持ちよりも優先してしまう癖があったのだと言います。また「全部一人でやらなければ」と抱え込んでしまうことも少なくありませんでした。
しかし、ライアーとの出会いで心が緩み、なんとかなるという安心感を得ます。すると自分の素直な気持ちに気づき、自分を大切にできるようになりました。その結果、「困っているから助けて」と素直に言えるようになったのです。
「助けてって言わない限り、助けてくれる人って現れないんですよ。だって困っているように見えないから」
まったくの異業種からライアーの世界に入った響波さん。周りの人の助けがあったおかげでここまで来られたのだと話します。
「本当に困ったときに、いろんな人たちに助けてもらえたからこそ形になった。本当に何も知らなかった。ド素人だから。情熱だけです」
もっといろんな人に音を届けたい

響波さんのこの数年間はライアー制作サポートの活動が中心でした。今後はもっと演奏の機会を持ちたいと話します。
「もっといろんな人にライアーの音を知ってもらいたいんです。『ライアーの音には、人を本来の状態に戻すチカラがある』と実感していて、この音をいろいろな人に届けたいと思っています」
響波さんはそう意気込みます。
すでにいくつか演奏の依頼も来ているのだそう。身近でライアーの音色を体験できる機会は遠くなさそうです。
必要な場所、必要な縁へ
「ライアーが乗り物のように私たちを連れて行ってくれるんです。必要な場所や必要な縁に」
古殿町との出会いも、オリジナルライアーの誕生も、周りの人たちとの出会いも、すべてライアーに導かれてきたのだと響波さんは話します。
その美しい音色は、これからも必要な人のもとへと届き続けます。


